断捨離


今回は私の経験談です。
 

と言っても、この1週間ほどの事です。


この山奥に引っ越して来て、3年が経ちました。引っ越して来た時はほとんど荷物を持って来ず、実家の方に起きっぱなしにしていたのです。


それがある事情から置いておけなくなり、今回、すべての荷物がいっぺんに届いたのです。


それはものすごい量で、半分ぐらいは本でしたが、とにかく8畳間が天井まで埋まるぐらいの量でした。


生まれた頃の写真や幼稚園時代の物まで、とにかく私の「過去」がすべてやって来たのです!
自分でも「まさか?」のその大量の荷物は寝室を占領して、一日も早く「何とかしないと・・」いけない状況に追い込まれました。


段ボールをひとつひとつ開けて行くと、その箱の中から「記憶」が飛び出して来ます。


そうなんです!記憶なんです!過去の物は「記憶」そのものなんですね!


ものすごい量の過去の遺物は、ものすごい量の記憶を呼び覚まします、自分でもすっかり忘れていたような記憶がどんどん蘇ってくるのです。


これには参りました、思い出したくない記憶までも、容赦なく浮かんで来ますし、その時の感情までも思い出してしまうのです。
悲しい記憶、恥ずかしい記憶、とにかくあらゆる記憶が戻って来てしまいました。


私はすっかり疲れてしまって、とうとう一日寝込んでしまいましたw
 


寝ながら、いろいろ思ううちに頭に浮かぶのは「断捨離」と言う言葉です、今回こそはすっきりしよう!と思うのですが、この物の山を見ると、なかなか吹っ切れない物も多いのです。


悩みました。

 
私は執着が強いんだと、改めて思わざるえませんでした。

 
小さい頃から物を集めるのが好きで、何でもかんでも取っておく癖が抜けずに大人になってしまい、自分で稼ぐようになったら、それが爆発して、ほとんど金に糸目を付けずに何でも集めまくりました。
 

それが今、目の前にあるこの「山」なのです。
 

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さて、断捨離するには「意識を変えなくてはいけない」と思いまして、その意識の原点となる「法則」を考え始めました。
 

すべてを捨てる・・・と言う判断は私には無理でした、だからどうしても残す物、残さない物の新しい基準と法則が必要だったのです。


まあ、別に坊さんや聖人になりたいわけでは無いので、完全無欲を目指す必要もないわけです、とにかく物が多すぎる事が問題なのです、家のスペースの事もあるので、「捨てる」と大げさに思わず「減らす」という意識で行く事にしました。
 

そして残す物、残さない物の基準は「ワクワクしない物」 もうちょっと言うと「大して感情が沸かない物」、「醒めてしまった物」と言う基準にしました。(見栄のために持っている物もいりません)
 

本は「2度と読み返す事が無い」と思われる本、または資料性が無いもの、記念碑的に取っておいた物、は全部捨てるか売りに出すことにしました。
 

そして一番重要な法則は「世俗的価値に捕らわれない事」です、これは高かったから、とかお宝的価値があるから、とか「金銭に換算しない事」です, コレクション癖のある人にはこれがけっこう厳しい壁になったりするでしょうが、「上げる」と言う選択肢を入れると意外に人の役に立ったりしますから、考え方です。
 
 

こうして自分なりの価値基準がきまり、法則が決まると「断捨離」はそれほど厳しいものではなくなります。


基準は4つ。

捨てる物
売る物
上げる物
残す物

 

そして目的は「減らす」事と「役に立てる」事です。

 

本もペラペラとめくってみれば、必要か必要じゃないかは、すぐに決まります、めくって見た方がいいんです、そこに何の感情も沸かなければ、それは必要ないのです。
 

今は本当に便利な時代です、インターネットで調べれば古本でも何でも、わざわざ引き取りに来てくれるサービスがいくらでもあります、段ボールに詰めて伝票を貼って、ネット上で申し込めば次の日には取りに来てくれます、買い取った金額は後で口座に振り込んでくれます、取りに来てくれますから「捨てる」より楽です!
 

こんなところがあります。
  ↓

https://www.bookoffonline.co.jp/files/selltop.html
http://www.suruga-ya.jp/man/kaitori/kaitoritop.html
http://magazine.kaitorimap.net/
 

すなわち、今ほど断捨離に便利な時代は無い!と言う事です、これを利用しない手はないですよ!これも今の断捨離流行の一端なのかもしれません。
 

とにかく、今回、相当思い切って断捨離したわけですが、あまり重く考えずに「減らす」と言う意識で行けば「捨てる」とは違った感覚で軽くなる気がします。
 

聖人みたいに悟りたい・・って人は大変かもしれませんが、それも「良い子」の憑依かもしれませんw まだまだ好きな物はとっておけばいいんです、そこら辺は気楽に考えて「全部捨てる!」的な極端な事は考えなくていいと思います。
 

そして捨てるべきは、この三次元的な過去の価値観なのです、それこそ断捨離するべき「意識」だと思います、高級だからとか珍しいから、とか、そういう「金銭的価値」としての「欲」を捨てる事が断捨離の神髄ではないか・・・と今回の「過去の遺物」と向き合った一週間で痛切に感じた事でした、いくら買った当時高くても、必要の無い物はいりません、しかし、本などと違って物品を売るのはけっこう大変ですが、そこに「上げる」と言う選択肢を入れるいいと思います。


売るのもひとつですが、それを生かしてくれる人に差し上げてしまう方が何か「すっきり」するものがあります、売るとなると3次元の金銭的価値と「下取り」的なギャップが生じて、すっきりしない事の方が多い気がします、それなら喜んでもらえる人に使ってもらった方が人の役にたって、こちらもうれしい気分になります、同じような趣味の人って必ず居るものです。


私の場合ではコレクションの一部をショーケースごと喫茶店に持ち込み、お客様に楽しんでいただく事になりました、月に一回中身を入れ替えにいく約束です、人に喜んでいただけるのですからコレクションの意味も変わってきます、自分の欲望のためだけに集めているなら断捨離した方がいいかもしれませんが、コレクションで有名になったり本を出したり、博物館を作ったりする人も居ますから、生かし方次第では人の役に立つ事もありますので、一考の価値ありです。
 


こういう風に、断捨離は無理してやらずに、意識の変換から入って行けば、それほど難しい事ではないと思いました。

 

そして断捨離は「自分」と言う人間をじっくり観察する良い機会にもなります!
 

ぜひ、一度取り組んでみてほしいと思います。
 


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