「生まれて、生きて、死ぬ」




人は「生まれて、生きて、死ぬ」

何のために?・・・・

 

これを、こう書き換えれば答えが解る。

人は「生まれて、学んで、死ぬ」

これが、答え。
 

じゃあ、何を学ぶ?・・・
 

今度はこう書き換える。

人は「生まれて、自分を学んで、死ぬ」

そう、自分を学ぶ為に人は生まれて来る。

 

自分を学ぶとは?・・・・

自分は何のために生まれて来たかを学ぶ事。

 

 

総合すると

自分は「生まれて、自分を学ぶために生きて、死ぬ」

これが全て。

 

そして、それを繰り返す。

何度も、何度も、この3次元に肉体を得て繰り返す。

 

生きるとは肉体を持っている時の事。

その肉体を持っている時だけ、人は学ぶ事が出来る。

肉体を離れた時に、すべては止まる。

 

死んだ時の学びの度合いは、そのまま変わらない。

苦しんで生きて死ねば、それはそのまま維持される。

死ねば「楽になる」事はない。

 
この世の地獄を生きるか、この世に天国を見つけるか

死んだ先は、生きた通りの世界に行く。

すなわち死んだ先は生きている時に決まる。

 

しあわせを見つけて実現すれば、死んでもしあわせなまま。

すなわち、自分を学ぶとは「自分のしあわせを学ぶ」事。

見つけられなければ、次回の誕生を待つしかない。

 

今の人生の中でそれを実現出来れば、学びは終わる。

次の段階は学び終わった者だけが知る。

 

今、我々は何をしにこの3次元に生きているか・・・

それは自分の幸せを見つけにやって来ている。

自分の幸せはそのまま地球の幸せにつながる。

自分を幸せにする事は、この3次元にひとつ幸せを増やす事になる。

そういう人が増えて行けば、この3次元は幸せで満たされる。

それがこの3次元の世界を幸せにする方法だ。

 

人を苦しめない、自然を苦しめない、地球を苦しめない

 

それには自分がどう生きたらいいか?

自分には何が出来るか?

その生き方を見つける事が「学び」だ。

 

人を愛し、自然を愛し、地球を愛す。

それが「幸せに生きる」という事だ。

 

それが人にとって「幸せ」であり、自然にとっても地球にとっても、「幸せ」である事に間違いない。

 

その生き方を学ぶ事こそ「生まれて、生きて、死ぬ」意味だ。

 

我々はその約束を「神様」と結んで生まれて来た。

人はそれを忘れた時から、迷路に閉じ込められる。

そして金のため、名誉のため、私欲のために生き始める。

 

それは人を苦しめ、自然を苦しめ、地球を苦しめる。

その先に「幸せ」は無い。

何も終わらない迷路の中を人はさまよい続ける。

そこでは人は何も学ばない。
 
 
 

さて、人はなぜ「生まれて、生きて。死ぬ」のか・・・

今、もう一度、問い直す時が来ている。

あらゆる人に、その時は平等にやって来ている。

 

あなたは自分を幸せにする道を歩んでいますか?

その道は間違っていませんか?

 

あなたが苦しめば、この世界に苦しみをひとつ増やす事になる。

あなたが幸せになれば、この世界をひとつ明るくする事になる。

 

「自分を幸せにする」事は世界を明るくする事だと気づいていますか?

                       



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