「思い込み」

  
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「思い込み」ってやつがいかに多いか・・これが思考のほとんどを占めている事に気づくと愕然とする。
 

特に「思い込み」は人間関係に向けてが多い気がする。
「あの人はこうだ」「この人はああだ」と決めつけてる思考が優先的に出て来る、先入観ってやつの正体だ。
 

でも、考えてみりゃ他人の事なんて、これっぽっちも知らないわけで、その人がどんな人かなんて、実はぜんぜん知らないんだね、ただ自分が受けた印象が「その人」になっちゃってるだけで、それはお互いに立場ってものがあって、それを基準に「決めちゃってる」んだよね。
 

逆に他人が自分をどう思ってるか・・って考えればすぐに解る事で、自分の事をちゃんと理解してくれる人なんて、ものすごく少ないか皆無と言っていいかもしれないでしょ。
 

だから、思い込みってのは全部「自分の価値観」の表われでしかなくて、他人は違う価値観を持ってるわけだから、そんなものを当てはめてみたところでほとんど間違ってると言ってもいいんだ。
 

そんな勘違いな思い込みと言う思考ってやつで、社会を見たり人を思ったり接したりしてるんだから、世の中うまく行くわけが無いんだね。
 

その自分勝手な思考に振り回されて、人は悩んだり恨んだり、悔やんだり怒ったり喜んだりしてるわけだ。
 

思考ってやつはとにかく全自動で次から次に「あーだこーだ」とノンストップでやって来る、たとえばFACEBOOKで人の名前を見た途端にファイルが開いて、「あの人はあーだ」「この人はこーだ」となるわけだ。
 

テレパシーでも使えればこんなトンチンカンなゲームはすぐに終わるんだろうけど、残念ながら今の人類はこのトンチンカンな「思考」ってやつに振り回されて右往左往しているしかないんだな。
 

自分以外の人に関われば必ずこの「決めつけ」は起こって来るわけで、どんどん先入観が増えて行く、そうやって人間関係ってのは出来上がって行くんだね、それがぜんぜん間違っていても、訂正なんてほとんどされないで続いて行っちゃうから、歳をとるほどこの「思い込み」ってのは増えて来る。
 

この文章を読んでいる数百人の人は「悟空」ってやつを数百の違う価値観で見てて、そこには数百の「悟空」が居るわけだよねw みんな別人ww
 

面白いって言えば面白いけど、なんか気持ち悪い気もするよね、だって他人の数だけ「悟空」は居て、それはまったく僕の知るよしもない「悟空」なんだからw
 

思考ってものが生み出す世界ってのは、そういう風に出来上がってる、まるで幻想の世界みたいにそれは誰もの頭の中に確実に存在しているわけだ。
 

この思考ってやつに振り回されないように気を付けなきゃいけない、たとえば「あの人はあーだ」と思い始めたら、すぐに「いや、待て待て、自分はあの人の何を知ってると言うのだ?」と疑ってみる事だね、

 
会った時の印象や外見から来る印象ぐらいしか他人の事なんて知っちゃいない、ある程度の付き合いのある人なら行動や考え方も少しは解るけど、それだってその人の全てじゃないし、真意はまるで解らないわけだ。
 

すなわち自動的に湧いて来る「思考」ってのは疑った方がいい、それはただの「思い込み」かもしれない、そしてそれは第六勘や直感とは違う事なんだ、頭の中で熟成された自分勝手な価値観の事の方が多いってわけだ。
 

直感や真の想いって言うのは、思考とは別物だ、思考というものはある程度時間をかけて熟成された記憶や知識、経験からやって来るものだから、だんだん溜まって行くものだと思っていい。
 

ある人が乗っている車と同じ車を見ると、その人を思い出してしまうような思考回路と似ている、そしてその人を「どう思っているか」でその車にまで「人格」を感じてしまうような「思い込み」が「思考」の元だったりするのだ。
 

その「思い込み」から解放されるには、自分の思い込みを客観的に見る癖を付ける事だ、「ほら、また出た!」って他人事のように見る・・・そうするといかに思い込みってものが多いかが見えて来るんだ。そしていかにそれに振り回されて普段生きているかが見えて来る。
 

「思い込み」から解放されると、世界がまったく新しく感じられる、見えなかったものが見えて来る事もある、自分を縛っている「思い込み」に気づけば世界はもっと自由だと気づくんだよね!  



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