内側の自分と外側の自分、その2・・「出家」とは・・・

   
   
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さて「内側」と「外側」のお話を書いたが、これが仏陀が説く「出家思想」と関係している。

「出家」とは親や親族、兄弟などと縁を切り、仏道に専念するようにと伝えられる仏教の入門課程のように思われているが、実はこの「出家」の根本思想は「内側」と「外側」の問題として語られているのである。

前章にならえば、「内側」は「魂」(非3次元)であり、「外側」は肉体(3次元)としての「脳」が司る作られて来た「意識」である。

「外側」の「意識」(脳)は出生の時に自ら選んで来た両親のDNA(設計図)を受け継ぎ、育成される、またその出生時の環境や時代にも影響されて育つ、と言う3次元的影響下で育成されたものである。

誕生の秘密

あなたの真実

その生命の元となる魂が「内側」である、それは血縁やDNAにはまったく関係ないところからやって来て肉体に宿るのだ、すなわち肉体に宿った後も3次元とは関係無く「存在」するものだ。

この「内側」の魂という存在こそが「真の自己」であり、3次元世界で育成された「外側」の意識は作られた「今生だけの自己」である。

この「今生だけの自己」は肉体的に有限であり、環境、時間などに影響されて「今生」を学び、その学んだ事を「魂」すなわち「内側」に投影していく、そこで初めて「魂の学び」となるのだ。

「外側」の意識の学びはあくまで3次元の現実世界での学びであり「今生」をどう生きて行くかという「生命維持」に関する学びに限定される、すなわち3次元を「生きて行く知恵」を育成していくのが目的となる。

しかし、そこで学んだ知識や経験は「内側」の魂の波動変化に利用される、「外側」の意識がネガティブな思考に捕らわれれば「内側」の魂の波動も下降する、同じ「外側」の経験でもそれをポジティブに捉えて学べば「内側」の魂の波動も上昇していくのだ。

それが「今生」を自ら選び、この3次元で学ぶために肉体を持って生まれて来た本来の目的である、それは3次元の肉体を持ってこそ学べる「内側」の上昇である。


ならば仏陀はなぜ「出家思想」を説いたか、そこには「学び」を成就させるための仕掛けがある、すなわち3次元の学びは有限であり、病老死の影響を色濃く受ける、それはあくまでも3次元世界を生き抜く為の知識・知恵でしかなく、本来の魂の波動の変化は「自覚」していない、一喜一憂の世界だ。

その魂の波動の状況を直接的に「自覚」するために「出家」・・すなわち3次元世界との乖離を説いたのだ。

3次元世界とはDNA設計図に基づいた世界である、両親やその周辺の環境・時代がすべて肉体と脳の意識の発達に影響を与える世界である。

肉体だけでも、両親の特徴や固有の環境を作り出している思考を徹底的に受け継いで生まれて来る、太っていても痩せていても、貧乏でも金持ちでもそれらはすべてDNAの中にプログラムされた予定である。

肉体的特徴は設計図通りであり、その育つ環境も両親が作り出した「現実」として与えれる、それにより、たとえば親の思考で食生活も決定し教育環境も決まるわけだ。

そこで「学ぶ」事を知識・経験として蓄積し、魂の波動変化へと還元して行く、それが「今生」の正体と言っても過言ではない。

それを仏陀は「因縁」と言う、その「因縁」を断ち切る事を「出家」と呼んだのである。

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すなわち仏陀は有限の「因縁」の世界から、無限の「波動」の世界へと自ら進んで入って行く事を説いたのだ、そしてそれにより「本来の自己」と言う魂の波動状況を自覚し、3次元に影響されない自己を確立して行く道を「出家思想」とした。

周囲の3次元世界を「現実」として捉え、意識が影響されて行く事を仏陀は「煩悩」と呼ぶ、それはすべて肉体的な5感から発生する、その5感が経験した事を認識したと「思う」のが「自我」である。

しかし、前章で書いた「外側」の意識がそれを認識する以前に「内側」がなにがしかの衝動を発していると言う事実は、そこに「無我」の存在を示しているのだ。

この「自我」と「無我」こそが「外側」と「内側」の事であり、仏陀の説く道はこの「無我」の存在が全ての説法の根拠となっているのである。


すなわち「出家」とは「自我」を捨て、「無我」の境地にたどり着くための絶対的条件なのだ。

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自らの「自我」の形成過程をDNAの予定として知覚し、それはあくまで自ら選択した学びの条件設定であった事を知れば、今、肉体の経験しているこの3次元世界は自らが作り出した「現実」である事が解る。

すなわちそれは「自我」が作り出した世界であり、個々に条件の違う世界を生きている事になる、それは「無我」の生きる「真実」の世界とはまったく違う様相なのだ。

仏陀はその「自我」が作り出した世界から解脱し、「真実」を見よ!と言うのである。

それが「涅槃」であり「悟り」の境地である、と言っているのである。


その出発点たる最初の一歩が「出家」なのである。


「出家」とは家族を捨て頭を丸めて仏道に入ると言う単純な入門儀式ではないのだ。
 

現在の自分がいかに3次元的条件に影響され育成されて来たかを知覚し、そうして出来上がった「自我」は自ら作り上げた「家」(肉体)そのものであると知り、その「家」すなわち「自我」から離脱する事を言うのである。

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ここで言う「家」とは「外側」の意識であり、出家とは「内側」に存在する本来の自己「魂」の世界に気づく事である。

そこには純粋な「波動の世界」しか存在しない、その世界を本来の自己の住む世界と知覚すれば、3次元世界にはもう影響されず翻弄されないで済むのである。

一喜一憂の3次元世界は自ら作り出した「家」(外側意識)で起きている自作自演のホームドラマだ、その主人公と思い込んで演技しているのが「自我」である。

自分でシナリオを書き(原因)、自分でカメラを回し、自分で演技して「今」と言う場面(結果)を作り出しているのが「自我」という主人公なのだ。

そのドラマからの脱出が「出家」である、すなわちそれは主人公を降りて、一観客としてドラマを眺める事なのだ。


それが「無我の境地」である、この無我の境地に達すれば、ドラマがどのような原因で進行し「今」と言う場面(結果)を招いているかが手に取るように解る。

これで「今」の状況を打破する方法も単純に解るようになる、すなわち悩みも苦しみもすべて解決出来るようになる、と言う事だ。


親の影響、環境の影響など3次元の影響を全て読み取れば「今」をそのまま傍観出来るようになる、そしてその原因となる影響をすべて取り去る事が「出家」すると言う意味なのだ。
 



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