現代における「出家」とは・・・

   
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仏陀の言う出家思想を理解した上で、それを現代に当てはめてみると、どうなるだろう?

それは「支配からの出家」と言う事になるだろう。

ここで言う「支配」とはどういう意味か?それは生涯に渡って続く「洗脳」と「システム」という事だ。

教育はもちろんの事、マスコミ、コマーシャル、映画やゲーム・・と言った我々を取り巻くあらゆる事物が洗脳に利用されている。それは人々を分断し、愛に疑いを持たせ、競争をあおるために利用される。

そして、その洗脳を受け入れた人だけが、良いコースに乗れるような社会システムが用意されている、洗脳は自覚が無いため、人々は我先にとこのシステムの中で競争をして行き、「成功」という「幻覚」を見せられた人々は「愛」よりも「金と名誉」こそが「幸福」になれると信じ込む。



「この世を変えるたった一つのやり方」でも書いたが、支配者側は我々にこの価値観を徹底的に埋め込んで洗脳してくる。


「都会を捨てよ!」の章はその脱出の意味を説いた。
すなわち、この21世紀における「出家」とはこの洗脳とそれを迎え入れるシステムからの脱出である。



上記に書いた洗脳を助長する社会システムは、現代においてはまさに「都会」こそがその象徴的な機能を担っている。都会には様々な仕掛けがあり、一度そこに住むとなかなか出て来れなくなるようにシステムが構築されているのだ。

「便利」と言う幻想はその最たる洗脳装置で、都会全体が大きなコンビニエンスストアのような機能を持ち、人々をその甘い罠に誘い込む、しかし、そこでは「自然」や「愛」は最も必要の無いものとされて、嘲笑されている事にも気づかなくてはいけない。

それこそが支配する側にとっては最もやっかいで、コントロール出来ないものの象徴なのだ。

続、この世を変える、たった一つのやり方



さて、仏陀の言う出家思想の根本はなんであったか?ここで思い出してほしい。

すなわちそれは「作られて来た3次元脳」からの解脱であり、それは本来の自己への帰結である,人工的で不自然な与えられた環境に依存する事なく、地球本来の持つ豊かさを感知し感謝する、それが地球人たる「本来」の生き方であり、誰もが持っているシンプルな価値観でもあるのだ。

この基本的な価値観に立ち返る事が、現代の「出家思想」とも言えるのではないだろうか?

仏陀の時代と現代とでは社会システムも大きく異なる、仏陀の時代において親や親族・血縁との「因縁」を断ち切る事は幼少からの影響を一度ゼロに戻すと言う重要さを説いたと思う、しかし現代での「因縁」はそれが拡大され、社会のあらゆる事物からの「洗脳」であり「システム」として極大化されて来ている。

その影響たるや、今や恐るべき段階に達し、愛よりも「金」の方が何倍も価値のあるもののように語られ、実際にそれが「正義」とでも言うような洗脳が為されている。

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良き学歴を得るための教育システムは社会に出てからの「金」の優位を保証するがためのように教え込まれ、そこから逸脱する事は社会での「敗者」と決めつけられる「恐怖」を植え付ける。

親も教師も学校も、そして社会全体もその価値観に邁進するよう子供達の尻を叩き続け、少しでも反発をするようなら「不良品」のレッテルを貼られる、それはまるで工場の生産ラインから押し出されて来る大量生産品の品質管理のようなシステムだ。

その作られた環境から押しつけられた価値観をまともに信じ込んで、競争に勝ったと思わされ幻想の幸福な人生を歩む人々は、それをプライドにし拠り所として自己保身的な傾向が強くなり、システム側に寄り添った「システムの一部品」となり果てる。

こうなると「出家」はおろか、本来の自己と作られた自己との判別すら出来ない「完全洗脳」が自己を支配している事さえ気づかなくなる、これで仏陀の言う「煩悩」の塊のような「部品」の完成である、これこそがこの社会システムを支える「重要人員」として祝福された人々の正体であるのだ。



支配者側に依存し疑問を持たない人々こそ、この社会では「優秀」と呼ばれ、成功への道を約束される、彼らにはここで言う「出家」の意味も必要性もまったく理解不能だろう、自分の見る幻想の社会こそが自分の「地位」であり「名誉」である根拠なのだから仕方あるまい。

今や古いこの社会システムに疑問を抱き、本来の自己の使命に目覚めつつある人々は急激に増加しつつある、すなわち「出家」の意味を理解し実行に移す事が重要である事に気づいた人々だ。

やっと仏陀の説いた本当の意味での「出家」が花開く時代が来たのである、3次元的な物質主義の価値観から高次元な意識への変換が迫られているのだ、それはこの惑星地球において完全に行き詰まった旧文明の価値観と支配戦略に誰もが気づき、その暗澹たる未来に多くの人が絶望を垣間見るようになったからだ。

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都会を捨てよ!はこの暗澹たる未来へのレールから、新しい世界への乗り換えをスムーズにする単純な一歩である、田舎暮らしを目的とするのではなく「都会を捨てる」が動機である事が重要なのだ、すなわち「出る」事が先であり田舎に「入る」事ではないのだ。

実践、都会の捨て方

すなわち「捨てる」事である、これはまず「ゼロポイント」に立つ事である、仏教的に言えば「入信」よりも「出家」が先である事と同じだ。

都会を捨て、自然の多く残る環境に移れば「神の恩恵」たる地球の本来の姿に多く触れるようになる、「入信」するかしないか・・はそれから決めればいい、何よりも重要なのは自分に絡みついた旧世界の価値観を脱ぎ捨て、ゼロポイントして自然の中に立ち、そこで生活を再構築して行く事を最優先する事なのだ。

「神の恩恵」たる惑星「地球」に「入信」するにはこの過程が最も近道である、それがここで言う「現代の出家」から始まる事を知り、多くの人が実践する事を願ってやまない、意識の変革はまず自ら「環境」を変える努力から始まるのだ。


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