もう一人の自分との出会い、そして「愛」とは・・・


  
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私は以前、オートバイのレースに出ていた。

ある日、友人が新しいレーサーを作ったから見に来ないか?とお誘いを受けた。
私はすぐにツナギとヘルメットを持って鈴鹿サーキットに向かった。

その日は走行会の日で、友人は新しいレーサーのテスト走行をするという、私は彼の古い方のレーサーを借りて一緒に走る事にした。

古いレーサーと言っても性能はものすごく、化け物のようなエンジンを積んでいる、そして、それよりも更にすごい化け物で前を行く彼の後を追った。

20台ほどが一緒にコースを回っていて、ちょっとしたレースのような状態だった、大回りのコーナーに差し掛かった時に私は少しオーバーランぎみに入ってしまい、先頭の数台をアウト側から一気に追い抜いてしまった。

シケインを出て最終コーナーを抜け、メインスタンド前のストレートに出た時は私が先頭だった、私はうれしくなり思わずアクセルを全開にし気持ち良く加速してしまった、しかしその加速は私の想像をはるかに超えるものだった!

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化け物エンジンは容赦なく私を恐怖のどん底に叩き落としてくれた、あっという間に目の前に第一コーナーが迫って来る・・・

このスピードでコーナーに入って行くのは私の限界を超えている、体中に緊張が走り左手左足は必死のシフトダウン、右手右足は必死のブレーキング・・・

直線で250kmほど出ていたのか、思いっきりスピードがのっていたので迫り来るコーナーへの準備動作は確実に私の技術的限界を超えていた。

間に合わない!無理だ!

そう思った瞬間・・・私の全身から力が抜け、自然に身体は右に傾き、私はただオートバイにぶら下がっているような状態でいつの間にかコーナーを曲がっていた・・・・

曲がってる?!
なんだこれは??


それはまるで私を別の誰かが操っているような感覚だった。




これが、私がもう一人の自分に出会った瞬間であった。




あれから十年数年たったある日、私は風呂に入ってのんびりと考え事をしていた、なぜかふとあの時の事を思い出して、懐かしく想いにふけっていた、スローモーションのように覚えているあの時の感覚、まるで自動操縦のように身体が反応して行き、自分は映画の一場面を客観的にみているようだった。

その時、私は、はっとした!
 
助けられたんだ!
あれはもう一人の自分が私を救ってくれたんだ!
そして、「愛されていたんだ!」と直感した。


そうか!
私は愛されていたんだ!
内側にいるもう一人の自分は私を全力で愛してくれていたんだ!

なぜ、こんな重要な事に今まで気がつかなかったのだろう・・・
そして私は風呂の中で得も言われない「感謝」の気持ちになっていた。



これが私が本当の自分の「正体」に気が付いた瞬間だった。
その「正体」とは私を守ってくれている「無条件の愛」だった。




考えてみれば、あの鈴鹿サーキットだけではなく、今まで何度も命の危険を感じる場面に遭遇してきた、あの時はなぜか異常なまでに冷静にその時を観察出来たが、他の場面でも同じような事が何度も起きていたに違いない。

それは別に命が危険な時だけではない、悩み苦しみ絶望の淵に立った時にもそれは起きていたのだろう。

その都度、私はもう一人の自分の「無条件の愛」に助けられて来たのだ!

きっとこれは誰にでも起こっている事だ。

自分の限界を超えた危険な状況の中で、不思議にも助かってしまったり、または「火事場の馬鹿力」のような話しだったり、奇跡のような出来事だったり、なぜか助けてくれる人が現れたり・・・・

その不思議な力はいったいどこからやってくるのか?

私は確信している。

それはもう一人の自分の「無条件の愛」からやってくるのだ。
そう我々は無条件に「愛されていた」のだ!

この、もう一人の自分に「愛されている」事に気づく事がいかに重要な事であるか・・・内側の自分、外側の自分・・・「自らを分ける」と書いて「自分」と言うのもそれに気づくために伝えられて来たのかもしれない。

全ての人は「愛されている」のだ!
この事に気づけば、もう一人の内側の自分に感謝せずには居られないだろう。

「愛」とはまず自分自身の中に存在する、外に求める必要も無く、探してもおいそれとは見つからない、それよりもまず先に「自分の中の愛」に気づかなければ「愛」の意味すらも解らないだろう。

誰もが自分の内側に「愛」を持っている。
そして「愛されている」のだ!


あなたの内側に居る、もう一人のあなたは「無条件」にあなたを「愛している」それはあなたがそれを必要とした時に、あらゆる手段を使って全力であなたを守ってくれるのだ。

たとえ、それにあなたが気が付かなくても、感謝すらしなくても、もう一人の自分は気にしない、見返りなど求めてはいない、本物の「無条件の愛」はそこに「ただ在る」のだ、あなたの中に、私の中にそれは確実に在るのだ。

すべての人は「愛されている」
愛されていない人など、この世に一人も居ない。
だからこそ、今、この時・・・私たちは生きていられるのだ。

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外側の自分が内側のもう一人の自分に「愛されている」事に気づけば、それはどれほどに心強い事か・・・・
沸き上がる衝動や全てを諦めた時に、それは必ずあなたを守ってくれるだろう。
そしてそれは確実にあなたを進化させ、ステップアップさせてもくれる。

「愛されている!」この事実に気づく時に、人はとんでもないパワーを感じる、それはエネルギーと呼んでもいいのかもしれない。
あなたの全てを「愛し」「守る」その目に見えないエネルギーこそが「本当のあなた」なのだ!

内側の自分、外側の自分、そして作られた自分からの出家・・・・
そこには自我が消え去った後の無限の空間にエネルギーがあふれている。

そしてあなたは知るだろう・・・・

そこには「愛」の源があり、自我は「無条件の愛」に守られていた事を・・・
それは「今ここに在る愛」

あなたが信じる、信じないに関わりなく、それは「在る」のだ!

    全ての人の中に「愛は在る」
 そして誰もが「愛されている」のだ!





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    一日に何度も「私は愛されている!」と言ってみましょう。
    それが本当のあなたを一番喜ばす事なのです!


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